ウィーンフィルのニューイヤーコンサート
今年もお正月の元旦にテレビでウィーンフィルのニューイヤーコンサートを見ました。
毎年同じ曲をやっている気がするんだけど、気のせいかしら?
お答えしよう!!
今から約200年前のウィーンの王様が、市民が政治に不満を言ったり口出しをしたりしないようにという考えから、ポルカやワルツなどの陽気でウキウキするような舞踏音楽をたくさん作曲させたのじゃ。
そのあと、ウィーン市民はどうなったの?
王様の考えは大成功!舞踏音楽の魅力により市民や貴族は舞踏会や晩餐会に明け暮れるようになり、政治に対する関心から遠ざかって行ったのである。
1814年に開かれたウィーン会議は、なんと10ヶ月も続いてしまい「会議は踊る。されど進まず。」と言われてな。そのお気楽さは「会議は踊る」っていう映画になった程なのじゃ。
それではウィーンがなまけ者の町になってしまうわ。
そこでヨハン・シュトラウス2世は、第2市民連隊楽長の地位を利用して、お気楽で腐敗した現状を多くの市民に気ずかせるために政治を皮肉った曲なども作曲し、市民革命を音楽で盛り立てたのじゃ。
つまり、シュトラウスの音楽が多くのウィーン市民の心のささえとなり、王様や政治までも動かしたと言うわけじゃ。
毎年同じ曲をやっているように思うのは、このように多くの人々の心を陽気でウキウキさせ、音楽の影響力を私たちに教えてくれたシュトラウス一族の音楽が新年を祝うコンサートに最適で、それを中心に演奏されているからだろうね。
それでシュトラウスの曲を多く演奏するのネ。
ニューイヤーコンサートを最初に主催したハプスブルク家の貴族がシュトラウスのプログラムで大成功をおさめ、いつの間にかシュトラウスの曲を演奏するのが伝統になってしまったからという説もある。
いずれにせよ会場を花で飾ったり普通の音楽会ではやらないような趣向をこらした演出をするのも、ウィーンの人達や世界中の多くのお客さんにウィーン音楽の素晴しさと当時の華やかな文化を年に一度味わってもらうのが目的なのじゃろう。
それで、ウィーンの人達は毎年このコンサートを楽しみにしているのネ。
ウィーンの人達だけではないぞ。今では、テレビの衛生生中継によって世界中の人達がこのコンサートを楽しむことができるのじゃ。
ではこの機会に、このコンサートがもっと面白くなるお話しをしよう。
エリーゼちゃんは、ポルカとワルツを知ってるかい?
ワルツは知っているわ。お城で王子様とお姫様が踊るダンスでしょう?ポルカも踊りの曲かしら?
いかにも!ポルカという音楽のスタイルは2拍子「ズン・チャ・ズン・チャ」の軽快な舞踏音楽で、ワルツとは3拍子「ズン・チャッ・チャ」の舞踏音楽のことである。では、ウィンナーワルツを知っているかい?
ソーセージのことでしょう?
エリーゼちゃんは食いしん坊じゃなあ…。ウィンナーとは”ウィーンの”という意味じゃ。
宮殿で踊られるワルツの踊り方は、1拍めで足をふみ出し、2拍めでクルッ!と回り、3拍めで着地する一連の動きになる。
ウィンナーワルツの演奏スタイルは特別で、長いドレスの裾でも優雅に回れるように、2拍めだけを長くし「ズン・チャーッ・チャ」というような独特な拍子の取り方になっておる。これが、ウィンナーワルツの秘密なのじゃ。
シュトラウス一族の中でもヨハン・シュトラウス2世はワルツ王として有名で、彼が作曲した「美しく青きドナウ」はオーストリアの第2の国歌とまで言われているワルツなんじゃよ。
へえ〜。今度、気をつけて聴いてみるわ。
ついでに言うと、昨年の1999年はヨハン・シュトラウス2世没後100年の記念の年じゃった。
オーストリアのウィーンへ行ったら、ウィーン市立公園へ行ってみるといいぞ。 金色に塗られたヨハン・シュトラウス2世の像が立っておる。
でもこの金ピカの色、実はイタズラで、ある晩に突然金ピカ色に塗られてしまっていたそうじゃ!!